
鳥取県古代史と大山ブナ撮影の旅
走行距離765キロの旅。
渡来系寒気団と国内の暖い天気がぶっかったようだ。
妻木晩田遺跡公園をボランティアの人と話していたが、この雨空が大陸から流れてくるのが、目で見える。境港の半島・湾から妻木に向けて!
10月21日
AM8時出発。近畿道久しぶりだが順調に!ところが摂津南ICから8`の渋滞と表示。以前と何ら代わりが無い。吹田ICまで一時間かかる。中国自動車道は快適だった。昔、滝野・社ICから西脇カントリー又は、小野ゴルフコースと来たのを思い出す。帰りはどうか解からないが、宝塚トンネルも順調だった。取り合えず、岡山県の落合ICまで、AM11時頃だった。米子道に入り、昼飯は青谷資料館で!と思いながら走るがどうもそのようには行きにくそうで、 蒜山SAで持参のおにぎりを食べる。
米子ICをETCで軽快に出たのはよいが、何時もなら料金所の叔父さんに大体の道を聞くのだが、今日はかっこよく!ETCカードで出たため、訪ねられなかった。しまった!ガソリンスタンドで訪ねる。
高速道路(山陰自動車道)について
【提案】 10月7日受付
日本道路公団が民営化され、採算性重視で本当に必要な高速道路は出来るだろうか心配です。島根東西を結ぶ道路はいつになったらできるのでしょうか。
松江から浜田へ約3時間かけて行きますが、日帰りはきついです。石見の人たちは日常的な買い物以外のショッピングは広島に行き、松江や出雲に行くことはないと言います。県都松江は遠い存在、同じ島根なのに時間がかかりすぎるための弊害です。石見も自然豊かで良い所がいっぱいあります。高速道路ができれば、東西の交流が盛んになりお互いの経済文化も活性化されると思うのに残念です。
県民生活を考えれば、松江尾道間よりも急務のような気がします。
【県からの回答】 10月14日回答
対応:参考とする
東西に230qと細長い本県にとって東西の一本化を図るため、山陰自動車道は極めて重要な路線です。
このことから、県としても高速道路の整備は、県政の最重要課題として位置付け、重点投資を行っているところです。しかしながら整備区間は一部であり、その効果が発揮されていない状況です。全線整備にはまだ時間を要しますが、交通障害区間を優先して整備し、安全で安心して走行できるよう取り組んでいきますので、今後ともご理解とご協力をお願いします。(土木部 高速道路推進課)
山陰自動車道は未完成で青谷町まではR9号が早いです。 一時間はかかります! 良くぞ昼飯を済ませてよかった。赤崎・倉吉を過ぎても羽合・青谷のバイパスが見えてこない。暫くすると、9号線は旧と新に分かれた。なるほどこれがR9のバイパスか?これで資料館の地図上に出たことになる。
青谷バイパスが出来て、素晴らしい町になっていた。但し役所の支所とか展示館など! 道路の区画整理が非常によくできていた。

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やれやれ車から出ようとしたら、「鳥取市」のマイクロバスが着いた。ぞろぞろ20人ぐらいが出てきて、館内を見学して、説明が始まった。まぎれそうに成ったので、もう一つの展示館へ行った。其処では発掘遺物の展示が終っていますとか。資料を@1000円の分がここにあるのかと訪ねるが解からない。早速、埋蔵文化財センターの浜辺さんに電話してもらった。 その資料は先ほどの古代物産店にあるとか? 鳥取市のマイクロバス来たので逃げてきました。大笑い! 新入社社員でも無さそうだし、時期的に合わない。高齢者もいる。市会委員か?他所の公務員なのか? 展示館の責任者が一生懸命に説明をしているのを横で母さんが聞いていた。
もう一つの資料館の事務員と館長が意味が解かってくれて、どちらから?大阪からです! ご苦労様です。 ところが昨日からあの高速道路の界隈で発掘が始まっていますよ! よいことを聞いた。 早速、青谷駅を目指して走る。
先ほど母さんも説明を聞いていたらしい。 昨日までは何も出ていないそうで! 展示館は後にして、現場へ向かうことにした。
高速の下の最初の発掘現場は埋め戻されて、近くの住民・伯母さんに尋ねると向こうの方で、今やっているが昨日の話では何も出ていないらしいですよ!とか。 遠くに車が沢山置かれて、土を山に積み上げているところへ早速走る。松原建設現場。沢山車があったが、誰一人見当たらない! 山間の盆地を見渡したら、以前の明日香村の発掘現場と同じ光景が目に入ってきた。コンベアーをたて、テントを張って。車を近くまで移動して、早速母さんと見学に行く。
流石、奈良県の御所や明日香などと違いのどかな雰囲気で、突然の見学者に快く見せてくれた。 現場の担当責任者か?近づいてきて、挨拶すると、向こうも察して、今日は一つ、らしきもの? 用水を保護する木材らしきもの(木造構造物の一部?)が一つ出ました。と説明してくれた。 女性を入れて2・30人ぐらい。発掘調査の雰囲気は何処も同じで、母さん曰く、大変な仕事だね! 以前長野県で聞いた話が漆の欠片を引き出すのに、子供が生まれ出るのと良く似た意味の話を聞いた。 丁寧な扱いをすることを。
若しや? が現実に発掘現場を立ち会って見学したことは今日は最高の収穫だった。その後、展示館に戻り、館長にお願いして全てを撮影させて貰った。
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鳥取市は米子から大変な時間がかかるが、我々余所者は高速道路で着いたところの近くに中心市街があるものだと思っていた。山陰自動車道なんてこれからとは?
昨年道路公団の民営化で、その後新規の建設は破棄するとの意見に、当地の知事がえらい剣幕で抵抗していたニュースを思い出した。やはり政治力の問題で後手に回った感じ! 日本海側の現在の裏日本の表現がどうしても解せない。古代史的には、大陸との玄関口が? これも政治力なのか? 我々には理解に苦しむ。
鳥取市には車ではなかなか行けない。 聞いたら、中国自動車道の佐用ICから山を越すのが一番らしい。空港も米子空港で、松江市の方が有名で、調べてみると、宍道湖と出雲大社界隈に山陰自動車道ができているだけには驚き!
R9号走るが殆ど大山町ですね! 先日の町村合併で大山町大きくなりました、とか。いよいよ鳥取市は? 山陰自動車道は今のところ何時出来るのか?
田中角栄でもないが新潟・秋田・青森界隈のほうが快適に車での旅ができた。
やっとの思いで、「ホテル大山」に着く。明日泊まる予定の「チロル&白樺」が数mの近くの隣り合わせ。予定では明日大山に上る予定がどうもおかしくなってしまった。其処から「妻木晩田遺蹟」を探索する。
部屋の7時の二ユースでだんだん天気の様子がおかしくなってきた。昨日までの大阪では最高の秋晴れが、続かずに峠を越すだろうと思っていたが、可笑しくなってきた。
ホテル到着で420`だった。
10月22日
AM4時20分風呂に入るが三人ほど来ていた。大山町は温泉街で何処でも24時間入浴可能が有難い。 フロントが今夜は満室です! 大型観光バスが数台! 大山の山を目的にする以外、観光客は何が目的なのか?温泉はあるが、大山寺の修験者?酒を飲んでカラオケで騒いでいた。
朝4時、外の天気の具合がどうも納得できない。明るくなって予定を変更して、明日と入れ替えるか? 雷、強風! 先日までの天気が良すぎたのは、気温も高かった、其処へ冬型の渡来系低気圧がきて、ぶっかり異常気象に変化したのだろう!
こんな急変は驚き! 突風、大雨、青空という天気で昨夜からの宿泊者で登山コースを取りやめたメンバーもあったらしい。ところが観光バス乗客の目的は? 帰りフロントで訪ねると、大阪からのお客さんで、日本交通のツアーだとか! しかし、「ホテル大山」の親会社で、日本交通が山陰のツアーには来るらしい。 そういえば、クーラーを積んで境港で魚でも買いに? さて、突風の中で、如何なものか? こちらもひとごとではない!
雨の中9時出発で出て行った。その後、我々は「妻木晩田遺蹟」へ。途中「米子市淀江歴史民俗資料館」」に立ち寄る。 ここに来るために走ったので無く、いつの間にか来ていて、「伯耆・古代の丘公園」(妻木晩田遺跡)とあるので、公園で聞いてみた。壁画(飛鳥・奈良時代)と古墳時代の石馬(重要文化財)がありますよ! 見てごらんなさい!
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古代・弥生時代から古墳時代の歴史が既に発掘されて、文化庁の古代遺産に指定されているらしい。館長の伯母さんは一生懸命に説明してくれた。自分も認識を改めた。大山に可也の回数来ているが、認識不足?興味が無かった。
妻木晩田遺蹟について、先ほどの淀江の資料館の伯母さんが、土曜日、日曜日はイベントがありますよ!
早速、雨で申込者が減るかも?ということで、母さんが自然観察とツルからの籠つくり? に参加したいとか! 午後三時までのスケジュールに参加することにした。自分はボランティアの叔父さんを頼んで貰い、甲子園の40倍とかの遺蹟復元を探索することになった。日本海と後方には大山が見えず、孝霊山と言う素晴らしい山があり、これが古代人のシンボルで、大山との比較だったとか?だけど、日本海に向けての荒波と境港の半島が素晴らしく、縄文海進の後の陸地に渡来人が一つの古代トシが出来上がっていたらしい。
どう見ても今回の旅は、渡来系寒気団のしてやられた。これを機会に渡来人(明日香村だけでなく)としての弥生時代をもう少し、勉強してみよう。
ボランティアの方と別れて、母さんのイベントの終了には時間があったので、一人で遺蹟公園をもう一度見て回った。 雨は止んだり降ったり。
まだ地域の名前と位置が一致しないが、首長が住んでいただろうという山の頂上から淀江町を撮影して、孝霊山の綺麗なのを撮影していた。 境港からの日本海側の波打ち際が荒れた波が打ち寄せてきていた。可也日本海・朝鮮半島から稲光を伴って真っ黒な雲が押し寄せてくる。たちまち雨が降り出した。大陸からの渡来系低気圧の接近、ここでは目に見えて面白い。
古代人は川があり海がありの漁労採集の生活が主のようだが、何故こんな見晴らしの良い丘陵のところに一族のクニが出来たのか。稲作の形成も無く! 山下からの外敵?海からの外敵?でも無さそうだ。思うに!眼下の淀江町などが昔は海だった筈。 縄文海進で、平地になり、川があり海が近くで、可也の縄文人も住んでいただろう。 そこに朝鮮半島から渡来人が来て、共存していた。稲作でのボスがここに住み着いたのであろう! 環濠もあるらしいが、外敵を防ぐためのものでも無さそうだ! 一族の墳丘墓が多く、竪穴住居跡もあるが、手下の住居かも? 後ほど沢山の資料から勉強してみよう!
淀江村での弥生人の稲作の生活で、豪族の首長の祭祀・墓場とてこの高台を選んだのではないだろうか?
弥生時代の後半の渡来人には可也の貧富の差が出来て、可也の支配者が現われていたのでは?
この妻木晩田遺蹟は自分の感じでは、どう見ても弥生人の生活圏では無さそうだ!
母さんが参加した資料「むきばんだ・秋の自然観察会」も面白い。
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古代の森とむきばんだの森
@ 古代の森
古代、日本の暖かい地方にはシイやカシの森が広がっていたと考えられます。 その森も、縄文時代のころから人間によって切り開かれ姿を変えていきました。古代の森を見ることができるのは、今では神社やお寺などだけです。
A むきばんだの森
弥生時代、妻木晩田に弥生人がたくさん生活していたころには、シイやカシの木の森にかわってアカマツの森が広がっていました。アカマツの森のなかは明るいため、いろいろな植物が見られるようになります。
(鳥取県教育委員会事務局 妻木晩田遺跡事務局主催、「秋の自然観察会」)
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「チロル&白樺」に3時半ごろに着いた。
早速、温泉に飛び込む! ここはスキー客の多いところでその為の設備。
早めに資料を整理して、ジンギスカン鍋をご馳走になった。
主いわく、体育館で全国6人バレー大会があり、宿泊と朝食での宿泊者でここも満室だとか。
10月23日
昨夜の天気予報では朝方は雨が残る打昼頃にかけて回復するだろう!
4時、まだ外での雨脚が残っているようだ。 朝食後まだ雨があるようならドライブコースを回りながらの撮影して帰ろうか?
昨夜で母さんは妻木晩田のイベントのツル籠を部屋で完成したようだ。
「チロル&白樺」は前日の「ホテル大山」より静かで助かった(窓は二重までで!)。風呂はこの界隈の温泉は24時間営業で助かる。前回はここの裏の富田旅館?だった(何年前かな?)。 何れ今後も宿泊はこのクラスが適している。個々の旅館は冬のスキー客目当てで、そんなにサービスを押し付けないのが宜しい! 前日の夜食・ジンギスカン鍋は大変量く美味しかった。
4時ごろ風呂に行くが、雨が残っているようだった。 昨夜のテレビでは9時過ぎからよくなりそうだったが、あまり芳しく無さそうだ。ホテルの前に車を置かしてもらい、歩いて登山道へ向かう。公設の駐車場には可也の人が来ていた。昨日は取りやめて帰った人もある。日曜日で混雑しているようだ。
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登山道はにぎやかだった、我々は頂上を目指すのではなく、雨に濡れた紅葉?の写真が目的だったが、6合目の元谷に曲がるところまでは行けなかった。母さんは4合目まで一人で行き3合目から自分は引き返した。その方がブナ林を自分のペースで撮影できるから。 少し明るくなり、雨は降ったり止んだりの繰り返し。 中高年者(テレビの影響?)・特に女性の多いのには驚き!
思い出したが、この登山道のブナは可哀相な状態に踏みつけられ、登山道のブナ木が倒れながら、根っこをむき出しに、根付いているのである。
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大山は石山で崩れ落ちてくる石を皆が大切にしているが、ブナの保護管理がどうも気になる。だけど大山のブナ紅葉は素晴らしいのだ。中高年の登山者はブナであろうが何にも関心なく、ただ山があるから! 頂上向けて、登り、山の雰囲気ではなく、スタスタと下山し、下の食堂でソバを食べるんです!といっていた。何がリュックに入っているのだろう? テレビの影響で? スタイルだけは一流の婦人が多いのには驚き! ブナですか??
日本海からの寒気団と先日からの温暖・晴天で雷が鳴り出し、気温が下がりだし、頂上には昨日夕方初冠雪があったとか。
体温の調節が、以前の鍋倉山と同じく難しかった。
ガスと雨でデジカメの扱いが可笑しくなって、写真撮影に自身が無くなってきた。出来高には自信が無さそうだ。わずかな紅葉の写真が取れたかも? ガスで露出補正もあったものでは無く。三脚は今回デジカメで露出補正(前回の信州・鍋倉山もそうだったが)で補うつもりが?
母さんが五合目まで行って、引き換えしてきた。道脇で食事・一人前の弁当を作ってもらい、カップラーメンと生ぬるい缶ビールが美味かった。

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大山寺・僧兵コースに曲がって行くことにした。人が少なく、薄暗い僧侶の道なのだろう? 川を越えて大山寺へ行かなければならない。元谷に行けない分をここで川を渡った。
米子自動車道・溝口ICから約30半頃、帰途についた。 快調に中国自動車道に入ると、掲示板に宝塚トンネル事故・12`渋滞。 昔も変わらず、宝塚トンネル事故が出るらしい。京都向はスムースなっているのに! 渋滞と停滞の繰り返し。だんだん夜道に入りだした。 自分は目の出後、夜の走行は初めてで、車線変更が難しく、神経を使った。
宝塚まで来てみると、事故車も無しの自然渋滞でスピードダウンでの走行だったが、お蔭でPM7時には我が家へ無事到着した。
走行距離:765キロだった。
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