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縄文土器の神秘

太古の眠りから覚めた土器のスライド写真集

「甦る縄文の思想」(梅原 猛)

縄文と言うのはヒモにした木の繊維を使って紋様をつけるのです。その紋様をつける材料になる木には素晴らしい生命力があるのです。つまり、木の持っている生命力を壷の中へ塗りこむのです。そしてそれによって悪魔が侵入するのを防ぐわけです。そういう呪術的な意味と、装飾的、芸術的な意味の両方が入っているのです。特に晩期になると、呪術的意味よりは、芸術品としての装飾的な意味が非常に強くなっているのです。だから一度縄文で紋様を描いてから抹消している。擦り消しているのです。これは、縄文文化が一応完成し、紋様も行き着くところへ行き着いた、今度は紋様を消した擦り消し紋様ができるのです。

尖底と煮沸  最古の器形であるこの「尖底土器」は、一見不安定のように見える。しかし、この形はものを煮る際の熱の対流効果を高めるために工夫された結果であり、煮沸という限定された使用目的のみの段階では極めて合理的な形態なのである。その後平底になってもその伝統は残り、底の大きい土器と小さい土器とが並存してゆくことになる。

縄文早期の文様  この尖底土器に見られる「押型文」は、楕円形や山形の彫刻をした鉛筆程度の太さの棒を転がして付けられたもので、縄文早期に特徴的な文様である。この土器では、楕円と山形とを交互に4段にわたって実に丁寧に施文している。

大陸系の円底土器  主として九州西部に見られるタイプで、底面にまで文様の見られるのはこの「曾畑式土器」と呼ばれる一群だけである。又その特徴である幾何学的な文様は中国大陸や朝鮮半島で出土する「櫛目文土器」の日本化したものであり、縄文時代のスケールの大きい交流が窺える。

最古の酒器  扁平広口で、口の周りに数多くの孔が開けられているこの「有孔土器」は、果実を発酵させて酒を作るためのものであり、孔はガス抜き用と考えられている。我が国最古の酒樽と言える。土器の表裏に丹念に施された文様は、単純ではあるが不思議なリズム感をもっており、その上全面を赤色顔料で飾り立てている。酒を前にして心を浮き立たせている縄文人の気持ちが伝わってくるようである。

縄文の酒樽  口の下に鍔(つば)がまわり、その上にガス抜きの孔が開けられた「有孔鍔付土器」。縄文前期の有孔土器から更に発達した形であり、本当に酒樽らしくなっている。土器の側面には4匹の動物らしきものがへばりついて口を上に向けており、あたかもふきこぼれる酒をなめようとしているかのようである

片口付深鉢形土器  このバケツ形土器の口縁部の片口は、ドングリ類のアク抜きの際にアクの混ざったお湯を流し易くするための工夫である。またその側面に付けられた文様たるや豪華絢爛で、上から「瘤(こぶ)状貼り付け文」、半割りした鳥の骨による「平行沈線文」、数段の縄の末端の結び目を転がした「ループ文」、結び目を中心に左右の撚りの異なった縄を用いた「羽状縄文」、そして「コンパス文」など、様々な施文テクニックが駆使されている。

煮沸用の注口土器  くびれ部に注ぎ口がつけられたこのキャリバー形(上部の形が、ものの厚さを測るキァリバーに似ている事からこの名前が付けられた)深鉢は、縄文後期・晩期の典型的な注口土器とは異なり酒器ではない。この注口部は、深鉢の煮沸用という機能を強化したものであり、縄文前記の深鉢と用途は同じである。即ち、ドングリ類のアク抜きの際に、大事な実を流さずにアクの混ざったお湯だけを捨てることを何度も繰り返すための工夫なのである。

酒造用の注口土器。  東北地方晩期の典型的な注口土器で、丈が低く注ぎ口も下の方に付いている。半浮き彫りの文様が施文された外面はよく磨かれて黒光りしており、たっぷり酒が沁みこんでいるかのようである。丸みをもって開いた上部は、果実酒の原料である実の細かなヤマブドウなどの受け皿に相応しい。

丹塗り(にぬり)の大壷  女性を思わせるゆったりとした胴部の膨らみに、衣装をまとうかのように半浮き彫りの「X字文」が幅広く施文されている。首のくびれもスマートで、全体に惜しげもなく丹が塗られている。

丹塗りの大皿。  内外共に真赤なこの大皿はほとばしる鮮血を思わせ、再生を祈るための緊張感漂う儀式を示唆するようである。

高台付浅鉢形土器。  全体に「玉抱きの入組み文」と呼ばれる独特の文様で隙間無く飾られている。特に台部では3段にわたって玉の部分が透かし彫りされていて、上下の文様の対比が面白い。

縄」の施文の良くわかる土器。この「尖底土器」には縄目の跡が実にクリアに表れている。土器全体に、長さ2cm弱の縄で、逆時計回りに14段以上にもわたって極めて丁寧に施文されている。段の境目になっているのは縄の末端である。縄目の跡を良く見ると21単位になっており、2本撚りかつ左撚りであることがわかる。

ヒョウタンをかたどった注口土器。  ヒョウタンの仲間にはカンピョウのように丸くて食べられるものと、千成ビョウタンのようにくびれて食べられないものとがある。後者は各種の容器にされ、古来酒が入れられることも多い。この千成ビョウタン形注口土器は、上下左右に吊るす為の孔がある。縄文人は果実酒を何処へ持ち歩き、どのような酒宴を催したのであろう。

燃え盛る炎をあらわしす土器。  縄文中期に信濃川流域で多く作られた。いわゆる「火炎土器」である。口縁部の複雑で立体的な装飾は、土器全体をあたかも燃える炎のように見せている。

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母親の胎内に入る子供の魂  大型の「埋甕」の外面下側に、まさしく子供の魂が女性の胎内に入るところを黒色顔料で描いた珍しい絵である。2本線で描かれた両足は左右に大きく踏ん張り、下腹部には楕円形の女性性器が誇張され、ここから地面に向って4条の線が垂れている。これは死んだ子供の魂が、大地から陽炎(かげろう)のごとく母親となるべき女性の胎内に入る様子を示しているのである。この絵を出産の様子ととる説もあるが、女性の腹部に妊娠線を示す中軸線が見られないことや、乳房が大きく描かれていないことから、やはり子供の魂の「再入」と考えるべきであろう。


耳と目のモチーフの深鉢  不思議な土器である。二つの耳を横にしたような取っ手を四方につけて、その間に耳を縦にしたような飾りつけをしている。両耳の間には二つ、耳と他の耳の間で六つ付けている。又耳の間に1つずつ目のようなものをつけている。これは耳と目をモチーフにした鉢と言っても良いのではないか。そして、地になる文様は竹で付けられた文様である。口の辺りは横線で胴の辺りの縦線及び斜線が誠に自由でダイナミックな流れを構成している。巨大な呪術的意味が込められていたに違いない。その呪術的意味がこの鉢に世にも不思議な芸術性を与えているのである。

マムシの這う深鉢。「勝坂式土器」の特徴は動物の文様が多い。その動物の文様の第一は蛇である。胴体の文様は不規則に斜行する縄文であるが、口辺部の装飾が凄く、装飾と言うより無気味である。一匹の蛇が今にも飛びかかろうとしている。頭が三角のところを見るとこの蛇はマムシである。そして強い攻撃的意思を示している。(勝坂式土器=西関東から中部地方にかけての縄文中期の土器群。他地域と比べて、特に蛇などの装飾が多いことで知られる)

謎の動物の群がる吊り手土器。  長野県の中期の土器には多くの正体不明の動物が出てくる。これは一体何に使われたのであろうか。取っ手が付いているので上から吊り上げられたに違いないが。文様の中心はやはり蛇であるが、その口辺の上に付いている四つのものは何か良くわからない。親蛇の上に子供の蛇が乗っているとも言う。何とも妙なものである。

蛇のような人物の有孔鍔付土器(ゆうこうつばつき)。

奇妙な文様である。この土器の口縁には穴が開いている。それはやはり酒を発酵させるのに用いたと考えるべきであろうが、その下に付けられているこの文様は何であろうか。人間のように見える。頭の上の二つの丸いものと綜合して考えるとUFOに乗って地球にやって来た宇宙人とも考えられる。蛙とも人間ともつかぬ奇妙なものの上にある目玉のようなものは何か、無気味である。目は古代人にとってやはり再生の原理であるが、或いはそのような深い意味をこの絵は示しているのであろうか。この人間とも蛙とも知れない動物の指は三本なのだが、何故三本なのか、理由があったに違いない。

三本指の人物の深鉢。   「人面把手」も三本指である。人面だから人間だとは限らない。古代人はよく人間と動物の中間の生きものを考えた。むしろ人間と動物の子供は原始に於いては最も尊敬されたものであった。それは人間でありながら動物と同じような素晴らしい力を持つことができるからであろう。

六段くびれの大深鉢。   蛇の文様が中心であるが、胴の部分は六段階に別れ、一つ一つに奇妙な模様が付せられている。「大」という字を逆さまにしたような文様があり、「水」という字を横にしたような文様もあり、これは一種の絵文字ではないかと言う人もいる。

蛇腹文様の深鉢   何か縄製品でも見るような生き生きした装飾である。リズムは単調であるが、きりっと締まった緊張感が感じられるのである。

人物の抱きついた壷。  人間が何かにつかまっている姿である。或いは木に登る姿、岩に登る姿なのであろうか。しかしこの人間もはたして人間かどうかわからない。しっぽの方は蛇であるように思われる。これも又深い謎を含んだものであろう。

性的結合を示す注口土器。

 形も面白いが、注ぎ口の下に何やら怪しげなものが作られている。それは二つの玉のようである。そうすれば、この注ぎ口は男性性器ということになるが、よく見るとその上に女性性器のような形が描かれている。そしてその上の縁のところもそう見れば女性性器に似ている。元々縄文人の崇拝の一つにセックスがあった。性は勿論快楽の原理である。どんなに文明が発展しょうが、人間に最も大きな快楽を与えるのは性と食である。そして性の快楽は食の快楽より全身的なものである。

 性は縄文人にとって、そのような最大の快楽であったに違いないが、それだけに尽きない。性はやはり万物を生産する、その中心の力なのである。狩猟採集をこととした縄文人は何よりも動物や植物の生産を願った。動物の生産はセックスによって可能であり、植物もまた形は違うがやはり動物のセックスに似た結合を行なう事を、縄文人達はおぼろげに知っていたに違いない。それ故に縄文人の最も崇拝するのはそういう生産の神であり、セックスの神であった。

 このセックスの最も端的な表現がやはり男性器、女性器という形にならざるを得ないのである。石棒などはまさに男性の形そのものなのである。縄文時代の住居跡に、セックスを表す巨大な石棒を横に置き、その真正面にそれに相応しい石皿を置いたものが出てくるという。まさに性こそは、狩猟採集をこととする縄文人の最大の宗教であったに違いない。

優しい表情のイノシシ。  優しい微笑みを浮かべているこのイノシシは、きっと子沢山の母イノシシであろう。開きかけたその口は、やんちゃな子供たちに何かを語りかけておりようである。

抱き合う男女。   二つの土器が合わさったようなこの双口土器は、抱擁する二人の男女を見事に表している。顔は殆ど省略されているが、互いに手を取り合い、下部は結合している。右の方がやや下がっており、肩も大きため、男と見なす事ができる。

寄り添う男女。  一つの台の上に二つの土器が下部を合わせて乗っている双口土器である。高さと口径は同じであるが、右のほうが膨らみがやや強く、そのため縦の四本線パターンも右が一つ多くなっている。やはり男女の性差を表しているのであろう。

縄文の「小便小僧」  いたって元気の良いいたずら坊やを思わせる注口土器である。おちんちんから中身が飛び出す様子を想像すると、さしずめ縄文の小便小僧と言った所であろうか。

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