白虎消失は人災だ!「高松塚壁画」
「白虎」の壁画は、殆どが消えた。8人の「飛鳥美人」には黒カビがはびこり、表情がわかるのは一人だけだ。
奈良県明日香村にある高松塚古墳の石室が、解体を前に報道各社に公開された。現物を見た記者は「女子群像は黒い塊、白虎はどこか解らない」と話す。
72年に発見されたときの、息を呑むような極彩色の面影はない。
管理に当たった文化庁は、なぜ保存に失敗したのか。厳しく検証し、これ以上の悪化を防がなければならない
壁画を傷めた直接の原因はカビの繁殖だった。薬剤を使った防除はうまくいかなかった。カビを取除くために人間が石室に入ると、その後、新たなカビが発生するという悪循環が続いた。
それでも壁画を救う機会は何度もあった。最初にカビが大量発生したのは81年のことだ。文化庁はその現状を知らせ、現地保存という対策が最良かどうか、専門家に広く意見を募るべきだった。
87年に「保存と修理」の経過報告書を刊行した時の認識も不可解だ。報告書に載った白虎の写真は、明らかに薄くなっている。だが、当時の文化庁長官の見解は「現状保存に見通しが立った」というものだった。
何故、肝心な情報を広く知られなかったのか。有益な情報が集まらなかったかもしれないと思うと、悔やまれる。
01年、 石室の入り口で実施した崩落防止工事をきっかけに壁画の劣化が更に進んだ。防禦服を着ない作業員が出入りし、カビの大発生を引き起こした。
高松塚古墳は特別史跡であり、壁画は国宝である。その管理は文化庁の美術学芸課が当たり、特別史跡は記念物課が担当する。この工事は石室の外だからと、美術学芸課が記念物課に頼んでいた。
情報を共有しない両課の無責任体制に問題があったと、文化庁の調査委員会が今年6月に厳しく指摘している。縦割り行政が招いた人災と言う外ない。
国宝を担当する課長は、発見から今までに10人代わった。壁画の管理は東京から出張してきた官僚や研究者が当たり、地元の明日香村や奈良県に作業情報が知らされることはなかったという。
高松塚を教訓に文化財行政の再検討が必要だ。文化財の保存、管理という実務は地元の自治体に任せるのが筋だろう。その地域を知り、愛着をもった人が担当するのが最善だ。国は財政支援や助言という役割に徹すればいい。
1,300年前の壁画は、現代人に発見されなければ、これほど速く命を縮めることは無かっただろう。役所仕事が次の世代に渡すべき文化財を台無しにした。
文化庁は、失敗の教訓を次代へ引き継がねばならない。それは、詳細に原因を究明し、過去に遡って責任を明確にすることだ。
来春から石室が解体される。全ての壁画が失われたわけではない。英知を集め、復元に努めることも大きな責務だ。(2006・平成18年9月18日、朝日新聞社説)